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大阪地方裁判所 昭和47年(わ)279号 判決 1972年9月14日

本籍

奈良県吉野郡吉野町大字菜摘七五一番地

住居

大阪市生野市新今里町五丁目五二番地

製材および合板加工販売業

鍵谷平三郎

昭和四年四月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官田辺信好出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を徴役八月および罰金一、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右徴役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市生野区新今里町五丁目五二番地において、鍵谷製材所の名称で、製材および合板加工販売業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一、昭和四三年分の所得金額が三七、一六四、〇〇九円で、これに対する所得税額が一九、七五〇、七〇〇円であるのにかかわらず、売上収入の一部を架空名義預金口座に預入れ、さらに売上科目の金額を過少にしたほか各科目の金額を増減した決算書類を作成する行為により、右所得金額中三四、七八〇、一二〇円を秘匿したうえ、昭和四四年三月一五日大阪市生野区生野税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額が二、三八三、八八九円で、これに対する所得税額が三七一、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税一九、三七九、〇〇〇円を免れ、

第二、昭和四四年分の所得金額が三九、四七六、三六六円で、これに対する所得税額が二一、一九六、七〇〇円であるのにかかわらず、前同様の行為により、右所得金額中三四、六一二、二一六円を秘匿したうえ、昭和四五年三月一六日前記生野税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額が四、八六四、一五〇円で、これに対する所得税額が一、一八六、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税二〇、〇〇九、八〇〇円を免れ、

第三、昭和四五年分の所得金額が二二、三六七、八四二円で、これに対する所得税額が一〇、〇四三、六〇〇円であるのにかかわらず、前同様の行為により、右所得金額中一六、一九七、三五三円を秘匿したうえ、昭和四六年三月一五日前記生野税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額が六、一七〇、四八九円で、これに対する所得税額が一、五〇二、五〇〇円である旨の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税八、五四一、一〇〇円を免れ、

たものである。

(証拠)

判示第一の事実につき

一、生野税務署長作成の証明書に添付の被告人名義昭和四三年分所得税確定申告書写

一、収税官吏の林智に対する質問てん末書

判示第二の事実につき

一、生野税務署長作成の証明書に添付の被告人名義昭和四四年分所得税確定申告書写

判示第三の事実につき

一、生野税務署長作成の証明書に添付の被告人名義昭和四五年分所得税確定申告書写

一、収税官吏の西橋博人に対する質問てん末書

一、大和銀行生野支店長山崎厳作成の確認書(査察記録一八-三)

一、東大阪信用金庫大友支店戸田文男作成の昭和四六年七月二二日付確認書

一、相互信用金庫生野支店山本正人作成の同月二一日付確認書

判示第二、第三の事実につき

一、収税官吏の藤原年郎に対する質問てん末書

一、大阪府生野府税事務所長作成大阪国税局宛回答書

一、同府阿倍野府税事務所長吉岡喬作成大阪国税局宛回答書

一、今里社会保険事務署長作成大阪国税局宛回答書

判示全事実につき

一、収税官吏の鍵谷美代子に対する質問てん末書

一、鍵谷美代子、鍵谷英二の検察官に対する各供述調書

一、収税官吏泉庸雄作成の現金有価証券等現在高検査てん末書

一、生野税務署長作成の回答書

一、収税官吏吉田秀司作成の調査てん末書

一、収税官吏金坂明是作成の調査てん末書

一、大和銀行生野支店長山崎厳作成の昭和四六年五月二七日付、同月二八日付各確認書

一、同支店長代理北川勇作成の確認書

一、同支店副長岡田晃一作成の確認書三通

一、同支店長代理鬼塚英六作成の確認書

一、住友銀行今里支店長長田幸雄作成の確認書

一、近畿相互銀行生野支店長山崎豊茂作成の確認書

一、三和銀行寺田町支店町青野清一作成の確認書二通

一、同支店取引先係上田幸三作成の確認書

一、同銀行生野支店長久野光男作成の確認書

一、関西相互銀行今里支店長山中孝治作成の確認書

一、東大阪信用金庫大友支店長茨木昇作成の確認書

一、同支店戸田文男作成の昭和四六年七月一六日付確認書

一、福寿信用組合今里支店次長清水利造作成の確認書

一、相互信用金庫生野支店山本正人作成の昭和四六年七月三〇日付確認書

一、福寿信用組合今里支店養老豊作成の確認書

一、大阪中央信用金庫今里支店松井孝吉作成の確認書

一、国民金融公庫東大阪支店長藤井醇一作成の確認書

一、収税官吏の被告人に対する書問てん末書二五通

一、被告人作成の上申書

一、被告人の検察官に対する供述調書二通

(法令の適用)

被告人の判示各行為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、所定刑中いずれも徴役刑と罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、徴役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算した金額の範囲内で被告人を徴役八月および罰金一、〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右徴役刑の執行を猶予することとする。

(裁判官 梶田英雄)

右は謄本である。

昭和四七年九月二一日

大阪地方裁判所第三六刑事部

裁判所書記官 安井藤本男

控訴趣意書

所得税法違反 鍵谷平三郎

右被告人に対する頭書被告事件につき昭和四七年九月一四日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し被告人から申立てた控訴の理由は左記のとおりである。

昭和四七年一二月二一日

弁護人 渡遍俶治

大阪高等裁判所

第五刑事部 御中

原判決は本件公訴事実と同一の事実を認定しながら被告人を徴役八月二年間執行猶予、罰金一、〇〇〇万円に処したが原判決の量刑は左の理由により著しく重きに失し不当であるから到底破棄を免れないものと恩料する。

一、原判決は他の同種事犯と比し、ほ脱額に対する罰金額の割合が著しく重きに失し不当である。

被告人に対する公訴事実は、所得税脱税の目的で、昭和四三年より同四五年までの間仕入れ及び売上げ脱漏の方法により虚偽の確定申告を提出し所得税合計金四七、九二九、九〇〇円を免れたというものであり、これに対し原判決が科した徴役八月二年間執行猶予、罰金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の量刑は、他の同種事犯の量刑にてらし、体刑については必ずしも当を欠くものとはいえないけれども、併科された罰金刑についてはそのほ脱額に対する罰金割合を算出すると二〇・八パーセントとなり約二一パーセントの高率に及ぶものであって、左記一覧表掲記の同種事犯に対する罰金割合と比較するとその量刑重きにすぎることは極めて明らかである。

同種所得税法違反事件一覧表

<省略>

右一覧表に掲記した所得税法違反被告事件は、ほ脱税額に対する罰金額の割合においてもっとも重いもので約一五・三パーセント、もっとも軽いものは約九・五パーセントとなっており、罰金額割合が一五パーセントを超えた事例はいずれも徴役刑を科することなく罰金刑のみを科した場合においてのみ認められるにすぎない。

従って、本件公訴事実に対し、原判決が被告人を徴役八月執行猶予二年に処したほかほ脱税額に対する罰金割合が約二一パーセントの高率となる罰金一、〇〇〇万円を併科したのは右の如き同種事犯と比較してその量刑重きに過ぎること明らかであり、ほ脱額に対する罰金割合は少くとも一五パーセント以下に留められるべきものである。

もとよりこれら同種事犯との対比に際して、単にほ脱額に対する罰金額のパーセンテージのみが、比較されるべきではなく、脱税の目的・動機、その規模(脱税額)、手段方法などの態様、犯行後の納税意欲など諸般の情状も考慮されるべきものではあるが、これを本件被告人についてみると、後記の如く、その目的は将来の企業拡大のための資産備蓄であり、その手段は現金仕入れと売上げの除外という極めて単純な方法であって、犯行発覚後は所得税、重加算税等の全額を納付のうえ資格ある税理士の指導をうけ会社組織とし所轄税務署より納税意欲が認められるとの評をうけるに至っているのであって、いづれの点からみても、他の同種事犯と比較して殊更重い罰金を課せられるべき情状は存しないのである。

二、被告人の総所得額を超える金銭的制裁を加えることは量刑重きにすぎ失当である。

被告人のほ脱額は

昭和四三年度 一九、三七九、〇〇〇円

同 二〇、〇〇九、八〇〇円

同 四五年度 八、五四一、一〇〇円

の合計金四七、九二九、九〇〇円であるところ、被告人は本件公訴提起前に修正申告をなし、

昭和四三年度 一九、五八一、二〇〇円

同 四四年度 二〇、一九八、九〇〇円

同 四五年度 八、七九四、九〇〇円

の合計金四八、五七七、五〇〇円を全額納付ずみ(一部手形により分割履行中)であり、これに脱漏額に対し新に課税され既に納付ずみである。

重加算税 二一、〇七一、三〇〇円

府市民税 一三、二五一、四五〇

事業税 四、六一九、五〇〇円

を加えると今回の修正申告に基づく諸税納付額は八七、五一七、二五〇円となり、既に各年度において納付済である所得税、事業税の合計額金四、五三〇、〇四〇円と合わせると被告人が納めた税額は金九二、〇四七、二九〇円となるのである。

これに対する被告人の過去三年間の所得は、

昭和四三年度 三七、一六四、〇〇九円

昭和四四年度 三九、四七六、三六六円

昭和四九年度 二二・三六七・八四二円

の合計九九・〇〇八・二一七円である。

そうすると、前記被告人の既納付税額九二、〇四七、二九〇円に原判決の科した罰金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を加えると被告人は本件ほ脱により総計金一〇二、〇四七、二九〇円の制裁金を科せられることとなり、三年間の総所得額よりも三、〇三九、〇七三円多い額を強制的に徴収される結果となる訳である。

重加算税が行政的制裁であって刑罰と異なるとはいえ、被告人に与える効果及び制裁の内容が刑罰と全く同様である以上これを実質的に考慮しなければ不合理な二重処罰の結果を招くことは明らかであり、租税犯における罰金額の限度は、重加算税等に罰金額を加えた総制裁金が被告人の総所得額を超えない範囲に限定されるべきものである。

租税犯に対する制裁は、まず第一次的には不正の手段方法により課税を免れた所得を強制的に徴収することにより、脱税を却って損をするということを自戒、他戒せしめて、租税道義の向上を企図するものであるから、重加算税賦課の方法でその秘匿利益を失わせることにより一応の目的を達するものであり、さらに刑事罰によって抑止しなければならない程の高度の違法性と社会的批難に価する行為に対してはじめて刑事制裁が加えられるべきものであるが、刑事罰が罰金刑と自由刑を併科刑として規定しているのは、重加算税等の賦課による秘匿利益の強制的徴収が、未だ十分でない場合において、罰金刑によりその所得を徴取し、さらに罰金刑のみでは賄ないきれない社会的常規を逸した悪質行為に対し自由刑をもって律することを意図しているものであるから、罰金刑を自由刑にかえて科する場合を除き、罰金刑の限度は、総所得額を超えない範囲にとどめられるべきものでなければならない。

そうでなければ、一切の所得を剥奪されたうえ社会的非難に価するとして自由刑をもって処罰されながら、重ねて罰金刑を併科されることにより実質的な二重処罰を受けることとなるからである。

本件被告人について原判決は徴役八月二年間執行猶予の自由刑を科しながら、併科した罰金刑において、被告人の総所得額を金三、〇三九、〇七三円超える罰金一〇、〇〇〇、〇〇〇円を科したが、前記の理由により原判決は、少くとも被告人の総所得額を超えて科した罰金額の範囲において量刑重きに失したものといわなければならない。

三、被告人の脱税額は四七、九二九、九〇〇円の多額にのぼるが、その脱税の目的は、被告人が将来企業を拡大し、企業の体質を改善するための資金確保のためのみであり、只管事業のみに生き勤倹貯蓄を旨とした被告人の生活態度は量刑上十分考慮されなければならない。

被告人は昭和三四年ごろから、家具用木材の製材販売を開始し今日に至っているのであるが、工場に付属した物置に等しい家屋に居住し、年間を通じ盆と正月以外には仕事を休まず、毎日午前七時ごろから夜一一時ごろまで労働する日々を重ね、従業員をリクレーションに赴かせても自らは残って仕事に励むことにより、貯蓄を図ってきたのである。(被告人の公判廷における供述、証人久々成基大の供述)

それは、独力で事業を始めた被告人が、その事業の過程を通じ、資金繰り、取引先との交渉など事業の各場面において資金力を有しなければ十二分な仕事ができないことを痛感したからに外ならない。

そのような勤俟貯蓄の結果が、本件脱税を招来するに至ったものであり、納税義務を怠ってまでの貯蓄は、なるほど非難すべきものではあるが、生活に一切の無駄を省き、あらゆる贅沢をすべて遠ざけ仕事のみを生甲斐として貯蓄を重ねてきた被告人に対し自由刑を科したうえ多額の罰金を科することにより、総所得額以上の金銭的制裁を強制的に賦課することは、被告人に対し勤俟貯蓄は現代の税制下においては犯罪であるとの誤った認識を与えるにすぎない。

被告人の脱税の方法が、単に現金仕入れと売上げを除外するという極めて単純な方法にとどまり、隠匿資産も銀行に任せきりで銀行係員において適当な架空名義の預金にしていたものであり、脱税の発覚後は何ら隠すところなく徴憑書類、預金証書等を提出し、修正申告を行なって諸税の納付にすみやかに応じた被告人の態度と、前記のような被告人の生活態度ならびに、本件発覚後、税理士に委ねて法人化し事業の近代化を図っている状況からみれば、およそ本件被告人には、巧妙な脱税を企て、或いは現在の税制を利用して、奢侈な生活を楽しみながら節税を図るといった態度の片鱗も認められず、只管企業の将来のため働き蓄えた結果が本件脱税の結果に至ったものにすぎないことが明らかである。

かゝる被告人に対し、そのほ脱額の程度から自由刑を科したことは止むを得ないこととしても、過大な罰金刑を併科し、只管仕事のみに生きてきた被告人に対し、過去の労働の蓄積一切を取り上げる以上に重ねて金銭的制裁の追いうちをかけることは、被告人の今後の労働意欲を一切消滅させ、長年に亘り仕事のみを生甲斐としてきた被告人の生活態度は罪悪でしかないとの批判を容認することとなる。

むしろ、自由刑をもって処断した以上、罰金刑は軽度のものにとどめ、被告人に勤労の結果の蓄積を残存させ、勤労の結果は無駄でなかったことを認識させるとともに、向後優良納税者として成長せしめることこそ刑事制裁の目的に沿うものであると思料する。

以上の諸点を考慮すると、原判決は罰金刑において著しく重きに失し失当であるから原判決を破棄しさらに適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

以上

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